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旅行期間:8/23/2005-9/2/2005(11日間)
移動手段:鈍行列車(JR)+長距離バス





8/28(五日目):
盛岡 (岩手)十和田湖 (秋田・青森)

(赤字は観光した場所。それ以外は乗り換え地点。)

今日は、盛岡からバスに乗り、青森県十和田湖に行く。


しかし、そのバスは11時45分ごろに盛岡駅を出ることになっている。それまでの時間、盛岡市内を歩くことにした。朝は、ホテルのフロント前に用意されたパンとコーヒーをいただく。昨日と全く同じものがそのままの位置でそのままの形で用意されている。それを手に取る客も、スーツに身を包んだ人が大半で、用意されている新聞を手にコーヒーカップを口元に運ぶ。何度も言うようだが、このホテルは、部屋は狭く、バスも狭いが、なんといっても立地はすばらしい。駅から歩いて3分ほど。真正面にあるのだ。拠点とするにはうってつけのホテルだ。一人4000円弱という値段は妥当だ。各部屋にインターネットが用意されていないのが残念だ。結局このホテルでは、フロントにパソコンをもって行って、回線を借りてネットをさせてもらった。常に、最善の旅行をするには各地各地での情報収集は不可欠であり、フロントで得る情報も重要だし、ネットから得る情報も重要だ。無駄足、無駄金をしないように、計画も臨機応変に変えていく。


例えば、今日がそれだ。もともと、盛岡ー宮古ー八戸ー十和田湖という計画が、最初の予定変更(一関から太平洋に出た)のために、盛岡ー八戸ー十和田湖に連動して変更となった。しかし、フロントにあった詳しい時刻表を調べてみると、盛岡から直通バスが出ている。その時間を比べてみると、到着時間は30分ほどの違いだが、八戸経由だと朝9時11分発の電車で行き、八戸で乗り換える苦労を考えると、(八戸に足を運べないことは残念だが、)直通のほうが断然ありがたい。飛行機で直行便を選ぶか乗り換え便を選ぶかと同じような選択だ。バスだと、出発時間は11時45分で料金は2850円だ。この予定変更も前夜のことだった。


上の理由で、午前中に2時間以上時間が空くことになり、盛岡市内観光も出来るということになったのだ。盛岡という町は、盛岡駅の西側はまだまだ開発が進んでいない。繁華街はもっぱら東側に広がる。しかし、その繁華街は北上川の西と東ではまた性質が違う。西は駅前ということもあり、ビジネス色が強く、北上川を渡り東へ行くと、ショッピング街の大通が広がり、若者たちの姿が増える。そして、その大通を抜けると今度は岩手県庁や盛岡市役所などがあり政治色が強くなる。


盛岡は、宮沢賢治と石川啄木のゆかりの地である。宮沢賢治は花巻出身であるが、高校(当時中学)、大学は盛岡で過ごしている。そして、「注文の多い料理店」を出版した光原社があるイーハトーブアベニューと呼ばれる通りもある。彼の作品をモチーフにしたアートが道沿いに置かれている。石川啄木は盛岡から少し北にいった玉山村で生まれている。盛岡の高校(当時中学)を中退し、代用教員や新聞記者など勤めながら、各地を転々として、東京転居後、闘病生活の後27歳という短い人生を終えている。とにかく盛岡にはこの2人に関するものが多い。


ホテルのチェックアウトを済ませ、荷物を預かってもらい、朝食をすませて、ホテルをでる。一度盛岡駅に行き、十和田湖行きのバスのチケットを購入する。そして、歩いてイーハトーブアベニューへ行く。上にも書いたように、宮沢賢治の作品にちなんだオブジェが順に置かれている。その一つ一つを見てまわる。一通り見て周った後、光原社へ行ってみる。この通りを歩いているとき、カメラ屋のおじちゃんが「あそこは宮沢賢治のゆかりの地でな、10時にあくでちょっと待ってみていったほうがいいよ」と言ってくれた。はじめから見ていくつもりだが、こう地元の人に言われると心が和む。10時に開くか。後10分ほどだ。ちょっとベンチで休んでいよう。すると前をせわしく通る人たち、多分ここの従業員なのかな。でも10時になっても何も変化はない。あれ?っと思い中を見ると、ずいぶん前から開いていたらしい。僕らがベンチに座るずいぶん前から。このベンチに座って待っていた時間は一体なんだったんだろう。どうやら、おじちゃんの10時という言葉に惑わされたらしいな。まぁいいや。光原社は今では出版社から民芸店やコーヒーショップなどになっているが、その蔵作りの建物と宮沢賢治の詩がかかれた塀など見ていて楽しい。また、奥まで進むと、北上川になり、そこに葉の先を滴れる柳がまた風情ある。コーヒーショップには大きなバックパックを持った若者もいる。彼も陸奥の旅を楽しんでいるんだろう。


さぁ、次へ行こう。石川啄木の新婚の家だ。中学時代の友人節子と結婚し、結婚式を挙げ、1ヶ月ほど住んだといわれる家が、当時そのままの姿で保存されている。直接家の中に入ることも出来、そして、ただという。すばらしい。新婚の家には、次から次へと旅行者が来ていた。若いカップル、修学旅行生、おばちゃん旅行者たち、つぎつぎと訪れ、修学旅行生がどっとくれば狭い家の中は混雑する。壁には石川啄木の資料が飾られている。この家で結婚式を挙げた際の話は非常に面白い。実は石川啄木は結婚式には出ていない。東京から仙台まで来て、そのまま盛岡行きに乗り換えればいいのに、仙台で友人の家を訪れ、そのまま遊んでしまった。それでも急いで帰れば結婚式に間に合うのに、今度は盛岡を通り過ぎて故郷の玉山村へ行ってしまったのだ。結局この家に帰ってきたのは、結婚式から数日たったときだったという。花嫁だけの結婚式だったらしい。


少しさかのぼるが、野口英世記念館を訪れた時の話。野口英世と母のシカの親子愛は人々の心をひきつける力があり、母と子というテーマでいろいろなイベントが行われているし、それにちなんだ展示物もある。その中の一つに石川啄木の歌がある。



「たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず」


人はみな、この詩を読んでどういう思いがするだろうか。(ふざけて母を背負ってみると、あまりに軽いのに驚いて、年老いていく母親を思うと、思わず涙が出てきて三歩すら歩けなかった。)という歌である。石川啄木、その母カツ、そして妻の節子、みな病弱で、1912年3月にカツが亡くなり、翌月の4月に啄木がなくなっている。この歌を読んだのは22歳のときだったらしい。どんな人でも、今はぴんぴんして元気な母親でも、いつかは。。と想像するだけでも、その心は痛んでくるんじゃないだろうか。この歌の歌碑はJR花巻線の平舘駅にあるらしい。


盛岡からは多くの人材が輩出されている。原敬、新渡戸稲造、金田一京助など。その功績を称える記念館、記念碑などは市内あちこちに点在するのだが、今回は時間がなくて周れないのが惜しい。石川啄木新婚の家をあとにして、次は一番の繁華街の大通に行ってみた。わざわざここに来たのには理由がある。それは、メモリースティックを買うためだ。実はパソコンは持ってきたのはいいが、USBケーブルを忘れてしまったのだ。旅中写真を多く撮るが、メモリがいっぱいになってしまって、この時点であと3枚しか撮れないという有様だった。急遽メモリースティックが必要になったのだ。そこで、電気屋さんに駆け込んだということ。この電気屋さんは、商店街の奥に位置していたので、商店街をひととおり見て周ることも出来た。帰りに、本屋さんで新しい本を買った。「夏の庭」だ。海辺のカフカはもうすぐ読み終わる。息抜きとして、短めの話を選んだ。というより、彼女がその話のあらすじを読んで、気に入ってしまったからというのが大きな理由なんだが。


さて、ホテルに戻る。このときで11時15分ぐらいだ。11時45分のバスに間に合うように急がねばならない。ホテルに預けてあるボストンバッグを受け取って、盛岡駅の西口のバスターミナルへ行く。途中駅構内で駅弁を買う。僕は「岩手のおべんとう」、彼女は「釜石めのこ飯」。バスは時刻どおり11時45分に出発。バスの中で弁当をいただく。やっぱり駅弁はいいねぇ。


バスの中では、音楽を聴きながらも、これまでになかった高速道路の移動を遠くに見える高い山々や広がる田んぼを見ながら時間をつぶした。そのうち、道は山の中へ入ったため、景色は単調となり、つまらなくなって寝てしまっていた。途中激しい揺れにかすかに目を開けるが、特にこれといって何かを見るためにあけるためでもない。すぐに目は閉じられる。幸いなことに、乗客はすくない。全員で6名ぐらいだったと思う。なので、荷物も別のシートに置き、彼女は前の席で寝ているため、2席を一人で占領できる。が、結局、彼女は寝心地が悪いと言って、隣に戻ってきてもたれかかって寝てしまっている。


どれだけたったのか。バスはかなり山の置くを走っている。そして、かなり高い位置を走っているようだ。バスのエンジンはこれでもかと力を振り絞って走っているような、荒々しい息を立てている。しかし、その力走も報われず、後ろには長い車の列が出来ている。道はくねくね曲がるのぼりの山道。当然、後続車は追い越せるわけもなく、仕方なく、バスについて走る。


その時、予想もしていない景色が広がった。真っ青に広がる湖がそのバスが走る道の遥か下に広がっている。高い山々に囲まれて、その湖はまさに秘境的な雰囲気を出していた。上に広がる空の青と、山々の緑を挟んで、湖の青。心を奪われた。これまで、いろんな自然を見てきたが、ここまで衝撃的に心に訴えかけてくる自然はなかった。今までとは違う何かがここにはある。


十和田湖。オレゴン州クレーターレイクと同じ火山の噴火によって陥没した山頂に水が流れ込んで出来たカルデラ湖であり、クレーターレイクと同じように透き通る青色でとてもきれいだ。十和田湖はクレーターレイクよりは大きいのだろうか。高校生のとき見た、奥入瀬渓流は、この十和田湖から流れ出る唯一の渓流で、その奥入瀬渓流と共に十和田湖という名前はこれまでずっと記憶のどこかに刻み込まれてきた。予想以上に美しいその景色に、驚いた。


バスは、道を登りきったのか、今度はひたすら下っている。山道からちらちらっと覗く十和田湖の青い水面が憎い。そして、道を下りきって、湖畔沿いにバスは走る。どーんといっぱいに広がるその湖、本当にきれいだ。バスは休屋という、十和田湖畔での一番栄えている場所にあるバスターミナルに着いた。荷物を持って、今日泊まるホテルへ歩いて行ってみた。そこは、バスターミナルから5分ぐらい離れたところにある、湖畔にあるきれいなホテルだ。ネットでホテル検索をしているときに見つけた、そのバーゲン価格の宿泊料金。でも、見た感じ古くも汚くもない。むしろ新しく、とてもきれいなホテルだ。どうやら、そのホテルのよさを知ってもらうためにバーゲン価格で客を多く呼び込んでいるらしい。期間限定の価格だ。夜、朝のご飯がついて5980円。部屋はとても広く、ベッドが二つ、ソファなどもあり、ゆったりしている。部屋にはバスもあるが、入るのは温泉になるだろう。部屋の景色も、そのバーゲン価格のためなんだからどうせ目の前に建物があったり、湖と反対側で山しか見えないとかなんだろうと思ったが、建物の端っこの部屋だったけれども、湖を眺めることも出来るし、十分以上だ。それでこの6千円というのはまさに破格だろう。これまで、4千円ほど出して、朝夕飯抜きのベッド置いたらもう部屋が埋まってしまい、バスも狭いホテルに泊まっていたことを思えば、まさに天国だ。ここに一泊しか出来ないのがまた残念だ。


時間が前後した。このホテルにチェックインしたのは15時半ごろ。バスが着いたのは14時。チェックイン開始が15時だったので、それまで、湖畔の広場で待つことにした。目の前に広がる十和田湖を眺めているだけで心は満たされる。これまで訪れた名所でも、きれいだなぁという感想が残るだけだったが、ここ十和田湖では、自分自身その美しい景色の一部になりたいという変な感情が突如出てきた。彼女も彼女で、自分が死ぬと感じたときは、ここに訪れたいと言う。それほどこの十和田湖にはなにか特別な力がある。きれいでは語りきれないものがあるような気がする。1時間以上そこで時間をつぶした。


ホテルに行ってみると、玄関先で出迎えの人が待っていてくれた。その人がわざわざ荷物を持ってくれて、フロントまで案内してくれ、チェックインが終わると、夕食の予約、そして部屋の案内まだ、最後まで丁寧に扱ってくれた。すみません、6000円しか払ってないのに、こんなに丁寧にしてくれて。。。


少し、部屋でゆっくりした。というより、予想外のその部屋のよさに、ホテルのよさに、なかなか部屋を出れなかったというのが正解かもしれない。でも、もったいないということで、外へ出て十和田湖散策に行くことにした。実はこのホテルは秋田県にある。ホテル前を流れる、小さな小川をはさんで向こう側が青森県ということになる。その小川にはもちろん橋は架かっているが、なぜか飛んでわたることになった。自分はひょいっとわたって見せた。彼女には橋渡ったほうが無難だよと何度も促したが、どうやら、軽々と飛んだ僕に感化されて、飛んで渡りたくなったらしい。子供みたいだ。彼女には飛んで渡るのはちょっと無理があるかもしれない。なので、すこし渡り石を置いてあげた。それでわたりやすくなり、彼女もぴょんと跳んで見せた。すこし誇らしげな顔をしている。





さて、湖畔を歩いて、休屋という湖畔でもっとも賑わうエリアをとおって、さらに奥に行く。十和田湖のシンボルである「乙女の像」をみて、十和田湖神社でおまいりして、また休屋まで戻ってきて、お店や露店などみながら、ホテルに戻ってきた。山の向こうに太陽が沈もうとしている。湖は少しずつオレンジ色に染まっていき、やがてオレンジ色は何かに誘われるようにすうっと引いて、代わりに暗い影が流れ込み、十和田湖に夜を誘いこむ。湖に浮かぶ小船がシルエットのように写る。


ホテルに戻って、夕食をいただいた。立派な御膳料理だ。きりたんぽもある。なんどいっても言い足りないくらいだが、やっぱり6000円は安すぎる。ビールもいただいた。気分は高ぶっている。ただ、隣の客とテーブルがすごく近いのには少し気を使う。特に、おじいちゃんおばあちゃんならいいんだが、隣も若いカップルとなると、どうもいい気がしない。お互いに気を使っているのがありありと分かるのだ。会話も少なくなるし、しゃべっても小さい声しか出てこない。この点だけはいただけなかった。


さぁ、夕食は終えた。時間にして8時近い。温泉でも行くか。浴衣に着替えて、タオルや洗顔料などもって浴場に行く。時間が時間だけあり、入っている人もまばらだ。のんびりできていい。お風呂の中ですこしストレッチしたりして体をほぐす。どうも最近からだがかたくなって困る。部屋に戻るとまだ彼女は戻ってない。テレビをつけて、丸山弁護士の100キロマラソンのゴールシーンを見る。娘と一緒に走っている。もうすぐ60歳になるこのおっさんが100キロ走りぬくとはだれが想像しただろうか。ライバルの北村弁護士も、丸山弁護士を抱き上げた。のちにそれは演出だと北村弁護士自身弁解していたが、感動したのは確かだろう。


そうこうしていると彼女が帰ってきた。24時間テレビに引き続き、法律相談所が始まった。あまり面白くなく、本を読み始めたが、すぐに眠くなって寝てしまった。



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