旅行期間:8/23/2005-9/2/2005(11日間) 移動手段:鈍行列車(JR)+長距離バス | ||
9/2(十日目): 彼女の実家 (京都)→敦賀(福井)→米原(滋賀)→大垣(岐阜)→岐阜(岐阜) (赤字は観光した場所。それ以外は乗り換え地点。) |
彼女の実家での朝は、大抵2パターンに分けられる。一つは、彼女と共に起き、一緒に下へ降りていくというもの。そして、もう一つは彼女が先に起き、1階へ行き、その何分後か何十分後かに僕を起こしにやってくるというもの。時間は8時から9時の間がほとんどだと思う。そして、今朝の目覚めは、後者のパターンだ。彼女は先に起き(それも自分が気づかないうちに)、下へ行って、幾分か経ったときに、起こしにやってきた。それも、このパターンとしては、最悪かつ強烈で、そして確実に起こす術を持って。それは、彼女の愛犬、蘭、を連れてくるのだ。蘭はベッドの上に放たれると、寝ている僕を踏みつけ、顔に濡れた鼻をくんくん言わせながら近づけて、その鼻息を吹きかける。嫌でも、起きる。
僕は、彼女の実家で迎える朝は好きなんだと思う。毎回、下へ降りていくたびに、緊張の波で押しつぶされそうになるが、そこには何かふんわりしたものがある。空気なのか、会話なのか、なにかが緊張をすこし和らげてくれるのだ。程よい緊張感を保ちながら朝食をいただく。そこには、必ずいろんな種類のチーズがある。それが僕のお気に入りだ。チーズの匂いをかいで興奮する蘭を横目にチーズをかじる。新聞を読ませてもらうときもある。テレビを見るときもある。すべては程よい緊張感に包まれた心地よい時間だ。
午前中、金剛院へ散歩に出かけた。散歩と言っても、その駐車場までは車を借りて行く。散歩といったのは、蘭を連れて行ったからだ。駐車場に車を止めて、蘭と彼女と一緒に金剛院にお参りに行く。急な石段もちょこちょこと登っていく蘭。ばててしまうからあまり無理させちゃいかんと、彼女に注意される。蝉が鳴いている。石段を登りきって振り返り、その高さを見ると、なぜかちょっとした達成感が得られる。ほんと、しょぼい達成感だが。金剛院には、お礼と報告を目的としてやってきた。財布の中に忍ばせている小さな金の福神御像は、今年の元旦におみくじで大吉を引いた時のもの。そのおかげというべきなのか、ほんとにいい年をすごせていると思う。そのお礼がしたかった。手を合わせる。首をすこし前に傾ける。頭の中では、全く整理されてない言葉たちが滝のように押し出されてくる。結局何が言いたいんだろう?お参りの時、いつもこういう状態に陥り、いつもこう思うのだ。そして、蘭はこの人間の行動をどう思っているのだろうか?
金剛院でおまいりを終え、彼女と蘭とで散歩を続ける。彼女が小さいときに遊んだという小川に行った。蘭を放ち、自由に遊ばせる。すると、彼は彼なりに楽しんでいるようで、自分でどんどん進んで行ってしまった。僕らが蘭をおいて急いで帰ろうとしたら、蘭はどう反応するだろうか。僕のイタズラ心がふつふつと煮え始めた。彼女と一緒に急いで道のほうへ上がって、逃げ去るそぶりをした。それを察知した蘭は、血相変えて猛烈に走ってきた。爆笑する2人。蘭はやっぱりさみしんぼで臆病なのだ。
お昼ごはんをいただく。彼女はおばあちゃんに東北旅行の土産話をしてあげる。僕はそれを隣で聞いている。その後、彼女の高校の文化祭の演劇のビデオや小学校のときのマーチングバンドのビデオを見た。彼女は補足としていろいろと話しをしてくれる。自分には、映像として残された過去はない。昔のビデオをこのように見て、笑って、懐かしむということをしたことがない。うらやましいなぁと思う。
突然やってきて、一晩とまり、次の日また去っていく。本当に迷惑な話だと思う。それでも、快く受け入れてもらえることに本当に本当に感謝している。3時過ぎ、彼女の実家を経つときが来た。お母さんが駅まで送ってくれた。駅に着くと、彼女と二人でホームへ行く。電車がくるまで時間が流れるの待つ。電車は時刻どおりにやってくる。別れは大抵悲しみを伴うものだが、また来週岐阜に遊びに来るということもあって、電車に乗り込む足取りは軽い。昨日来たレールを逆に今日は進む。彼女をホームに残して。
電車の中ではまた、いつものように本を読む。電車+読書=至福の時という方程式がいつの間にか出来上がっている。公共の乗り物の中で自分の世界に入り込むところがいいのだろうか。自分でもよく分からない。家で寝転がりながら読む時よりも、バイト先の食堂で読む時よりも、電車の中で本を読む時のほうが一番の幸せを感じる。自分にとって究極の娯楽といえる行為だ。
敦賀で乗り換え、米原で乗り換え、大垣で乗り換え、最終的に岐阜に舞い戻ってきた。10日間かけた東北のたびは終わった。10日間という時間よりもずっと奥深い重い時間をすごしたような気がする。それは、すべてから解き放たれた身分からくるものであり、遠距離を続ける僕と彼女が共有した貴重な時間だから言えることであり、東北という見知らぬ土地を巡って思いにふけた贅沢な旅だったからうなずけることであった。僕は、電車を降りて、駅員に青春18切符を見せて改札を抜けた。日付のはんこが並ぶ使い古された切符。それがこの旅のすべてであった。そのままの足取りでまっすぐ本屋へ行き、小説の続きを買って、僕は岐阜駅を後にした。
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