忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


霧島というのはなかなか興味深い土地で、温泉としても有名だが、神々しい神聖さも持ち合わせる。その代表例が霧島神宮。広大な境内に立派な社。見るもの全てが申請に思えてしまうような場所だ。そういった場所をめぐってあげると申し出てくれたタクシー運ちゃん。願ってもない申し出と承諾したのだが、朝運ちゃんとホテル前で待ち合わせし、いざ出発となったとき、「料金は1万5千円でいいですよね??」と聞いてきた。ん?昨日は5千円ではなかったか?そう聞いてみると、「え、5千円じゃとても周れませんよ」という。どうやら昨日「1万」という部分を聞き逃していたらしい。「どうしますか?やめますか?」というので1万円で周れるところだけでいいので行ってくださいとお願いした。貧乏旅行に1万のタクシーでの観光所めぐりなんて、本当はまっぴらだが、どうしても一つ行きたい場所があったからしょうがない。



霧島神宮でお参りした後、その場所へ向かうことにした。それは坂本龍馬とお龍がはいったとされる温泉。今は実際に入ることはできないが、ちょっと見てみたかったのだ。

それにしても霧島という土地は、山のなかにあり、道もうねうねくねくねしていて、車酔いする人にとって見れば非常に険しい道のりだ。と、そうこうしているあいだに、嫁が酔いだした。一番車酔いする人間は、実は隣にいたのだ。我慢の限界ということで、タクシーを止めてもらい、外の空気をすった。はくまでは行かなかったにせよ、完全にダウン。その先は諦めて、霧島神宮駅に引き返してもらうことにした。結局、料金は5千円を支払った。非常に心残りの場所となった。

さぁ、急遽予定変更となったのだが、ここからはとにかく北へ向かう。最終目的地は別府温泉だ。途中宮崎にも立ち寄り、すこし観光でもしようと思う。



嫁は電車の中では終始眠っていた。電車のゆれさえも気持ちを悪くするらしく、触れるのがおっかない。そっとしておくのが一番だ。12時過ぎ、宮崎に着いた。真っ青な空にたくさんのヤシの木。南国をイメージした黄色の駅。これがそのまんま東さんの宮崎かぁ。本当は県庁まで行こうかと思ったが、時間がなく断念したが、宮崎の地を踏んだということに変わりはない。駅内でご飯を食べて、再び電車で移動。



途中特急なども使いながら、効率よく別府に向かう。このころになると嫁も車内で本を読んだりしていたが、気づけば爆睡の域に入り込んでいる。延岡、佐伯などと移り、やっと別府に到着した。19時前だ。ながかった。嫁は完全復活している。彼女にとって一番の楽しみであるスタンプ集めも順調だ。

さて、別府でのホテルは、、、、っと、どこに行けばいいのだ??すこし迷ってしまったが、何のことはない、駅の真正面だった。韓国の団体も来ているみたいで、ホテル内は騒々しい。少しホテルで休んでから、ご飯を食べに行った。商店街の中にあるレトロなラーメン屋。そのあと竹瓦温泉という昔からのふるーい公営浴場へ行き、汗を流した。

それにしても、別府の町というのは、だいぶ時代から遅れているような気もする。昔ながらの雰囲気を残すなら残すでいいが、中途半端に新しく、それが古さを余計際立たせている。別府という名は全国にとどろかせているが、温泉を期待してこの町に訪れた観光客にとっては悲しい思いをすることになるのではないだろうか。

それでも、目玉となる地獄めぐりは見物だ。明日はこの地獄めぐりをして、最終観光地、由布院へ向かうことにした。
PR

朝5時、昨日と同じように自然と目が覚め、ふと外をみると、窓から見える櫻島は背中におおきな炎を背負っているかのように朝焼けを鮮やかにまとっていた。またカメラを持ち出し、フィルムに焼き付ける。

一時間ほどたったころ嫁がおきだしたので、散歩でもいこうかと、桜島を見にいくことにした。実は鹿児島で選んだホテルは街の中心からは少しずれており、より海寄り、桜島寄りのところにある。ここを選んだのは、朝、桜島を見に散歩に行こうともくろんでいたからだ。また鹿児島の観光ポイントである、坂本龍馬とお龍の新婚旅行の記念碑と薩英戦争のとき薩摩藩が大砲台を築いた天保山が近くにあるからだ。ホテルをでて5分もしないところ、記念碑は立てられていた。2人寄り添って。そして、その先の公園に大砲台跡地があった。ちょうどNHK大河ドラマ『篤姫』で薩英戦争の時の話も出ていたが、さすがに朝6時にここを訪れる観光客もいない。








そこから歩いて海のほうへ進んだ。太陽がぐんぐん上昇し、かなりまぶしい。桜島のてっぺんにダイヤモンドヘッドとして輝く太陽がみれた。2人で記念撮影。今回の青春18きっぷの旅ではここが最南端となるだろう。すこしのんびり歩いてから、ホテルに戻り、朝ごはんをいただいた。そして、8時半ごろホテルをチェックアウトし、バスで鹿児島中央駅へ向かう。スーツケースをロッカーに押し込み、身軽になってから、鹿児島市内の観光施設の入場券などがお得なセットになっている「かごしまぶらりパスポート」を購入。またこれで市内バスも乗り放題だ。






まず向かうは大久保利通の銅像と維新ふるさと館。といっても、メインがそれであっても、その周辺にはほんとにたくさんのポイントがある。大久保利通の生い立ちの地、西郷隆盛誕生地、大山巌誕生地、東郷平八郎誕生地などなど。一つ一つ地図を見ながら歩いていく。維新ふるさと館はなかなかおもしろいところだった。だからといって、真新しい発見があったわけではないが、ロボット仕掛けの維新物語の上映など見てて楽しめる。




さぁ、市バスに乗って少し進もう。次は小松帯刀の像だ。薩摩といえば大久保利通と西郷隆盛というのがすぐ出てくる名前だが、薩摩藩家老の小松帯刀がいなければ明治維新は成しえなかったと先の2人も述べているように、彼の果たした役割はかなり大きいと最近になって評価されるようになり、銅像が建てられたそうだ。そして、その像から数10メートルのところに西郷隆盛の銅像がこれでもかとその存在を知らしめている。

鹿児島のこの日は暑い。汗があふれ出る。鶴丸城跡を通り、薩摩義士碑へいき、再びバスの乗って、今度は城山公園へ行く。ここから眺める桜島の景色もまたよい。またバスに乗り込み、次は、西郷隆盛が眠る南州神社へ参拝し、篤姫が生まれた場所(今は一般人の家)を見る。さらに再びバスに乗り、今日のクライマックスとなる薩摩藩主別邸であった仙巌園へ向かう。ここでは、運悪いことに中国人のツアー客と重なってしまい、おびただしい数の中国人観光客と彼らから発生される中国語によって、せっかくの仙巌園の雰囲気も台無しだ。それにしても、美しい庭であり、美しい眺めだ。



一通り仙巌園を見て周り、すこし遅くなった昼食を食べることにした。それにしても歩きつかれ、そして汗が吹き出て、首にかけていたタオルも嫌なしめっけをもっている。。。

さぁ、これで一通りの鹿児島観光が終わった。本当であれば、篤姫館があったのでよりたかったのだが、どうしても時間的にむりだったので諦めた。ごった返す鹿児島中央駅で再びスーツケースをロッカーからだし、次の目的地「霧島温泉」へ向かう。駅としては霧島神宮駅。そこからタクシーにのり霧島温泉郷へ向かった。ここでのったタクシーの運転手が「明日霧島観光してあげましょうか」と提案してきたので、霧島では電車もバスもないから困っていた僕らにとっては願ってもない申し出のため、霧島めぐりをしてもらうことにしたのだが、これが明日また波乱を生むことになる。

さて、この霧島温泉。泊まったホテルはすこし古めかしいところがあり食事も大人数一斉バイキングでのんびり食べられないという非常に残念な内容なのだが、温泉という質を考えると、いままでいった温泉の中では群を抜いてトップだ。もしかしたら、もっといい温泉旅館に泊まっていれば至福の時間を過ごせたのかもしれない。そのため、2人でこの温泉を満喫することだけ心がけた。





さぁ、旅も折り返し地点。明日は霧島観光のあと一気に北上し、宮崎をとおり別府まで行く。

自然と目が覚めた。外では夜明けを告げるように、あちこちで鳥が鳴いている。阿蘇の夏の朝は涼しい。自然と一眼レフを手にベランダに出た。カルデラのふちをなぞるように雲が動く。オレンジに染められた雲。いい自然だ。気づくと隣のベランダからもシャッターの音が聞こえた。操君も三脚にデジ一をセットして、撮影している。似たもの同士だ。撮らずにはいられない。

自然に見とれていると、操君が朝ごはんを用意してくれた。卵ご飯だ。新鮮な新鮮な卵で食べるご飯。阿蘇の朝の空気に包まれベランダで2人で食べる朝ごはん。ふとオレゴンで最後の演奏だといって、街中のだだっぴろい場所で夜のライトの下思いっきり歌ったことを思い出した。

その後、寝ている嫁をそのままに2人でドライブに出かけた。山を走り、風力発電がまわる広大な空間を、南阿蘇を一望する景色を、次々とフィルムに焼き付けていく。南阿蘇12時間の旅はまだまだ続いている。一度家に戻り、嫁を起こし、再度ドライブへ。ぶどう狩りをもくろんだが、空いていないようで、水源へ行き湧き出る水の綺麗さに感動した。南阿蘇のどの場所、どの空気も特別なものを感じる。どこの景色も美しい。そしてそこで暮らす人々の心も広く、深いようだ。







そうこうしているうちに、電車の時間が迫る。帰りは操君に飛ばしてもらい、せまり来る電車との熾烈なデッドヒートを繰り広げ、ぎりぎり駅について、まさに電車に飛び乗る格好で間に合った。そんな形でお別れとなったが、こんな短い時間で、阿蘇のすばらしさを伝えようとしてくれた操君とその家族にほんと感謝したい。ありがとう。

あぁ、目指すは鹿児島。

熊本ー八代まで行き、そこから今日の目玉となる、日本3大車窓の一つといわれる肥薩線の人吉ー吉松をむすぶ「いざぶろう号」に乗る。この肥薩線、非常に接続が悪く、基本観光向けの路線のため、普通のローカルで行こうとするととても鹿児島まで綺麗にいけない。が、この指定券を買い、このいざぶろう号にのることでスムースに進むことができる。12時ごろまずは人吉まで九州横断特急で行く。青春18きっぷは使えないが、しょうがない。そして、人吉からついに「いざぶろう号」にのりこみ、レトロなその内装に驚きつつ、日本3大車窓といわれるその景色を楽しもうとした、が実はこの路線非常に人気があり、指定席券が手に入っただけでも幸運であり、外の景色が楽しむことができない山側の席になってしまったのだ。まぁ、それもしょうがない。

社内のアナウンスが一生懸命この路線の誕生秘話を説明する。いざぶろう号というのはこの路線を開通した人の名前をとってつけられている。急勾配がつづくこの路線は、スイッチバック、ループなどの技術で線路を敷き薩摩と肥後の国をつなげている。さぁ、何度も出てくる日本3大車窓。どれほどのものかと期待したのだが、非常に天気が悪く、結局見れたのは真っ白な霧の世界。本当であれば、霧島連山が美しく見渡せるようだ。









いざぶろう号終点の吉松駅につく少し前に「真幸(まさき)」という駅がある。ここにはつくと幸せになれるという「幸せの鐘」がある。「真の幸せ」ということで特別切符もの売られているようだ。せっかくなので嫁と二人で一緒に鐘を鳴らした。あまりにも勢い強く鳴らしたため、予想外におおきな音がなり、自分自身びっくりしていると、すみません、と声をかけられた。テレビカメラを担いだお兄さんがいた。テレビのインタビューだった。「どこからきたのですか」から始まり、「なにを願いながら鐘をついたんですか」と。「新婚なので、この先幸せにくらせるように、と願いながら鐘をつきました」と応えた。さぞ、この真幸の名にふさわしいエピソードじゃないですか。使われたかどうかは分かりませんが、インタビューされたほうもおもしろい思い出ができました。

さて、吉松駅についた。ここから隼人へ行き、乗り換えて鹿児島へいく。隼人へは「隼人の風」という特急列車があるのだが、青春18きっぷの旅なので、普通列車で向かうことに。しかしその列車が来るまでだいぶ待ち時間がある。この吉松も何もないところなのでその待ち時間が非常に長く感じられる。1時間ほど待ち、隼人行きの列車に乗り込み、そこから鹿児島中央駅へ向かった。時間は17:30。

とりあえず、今日はホテルでゆっくりする。駅からバスでホテルの最寄バス停まで行く。が、乗るバスを間違えて、港に来てしまった。バスで戻ろうとしたが、どうも気が進まず、結局タクシーでホテルに向かった。夕飯はまた鹿児島中心部に言って、黒ブタかなにか食べたかったが、いかんせん2人とも疲れていたので、ホテルの向かいにある地鶏の店に入った。

さぁ、今日はゆっくり休もう。明日はこの旅最大の目玉である明治維新巡りだ。

[3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13
≪  Back :   HOME   : Next  ≫
Mail
Ke-jiへメールを送る
↑お便り待ってます^^
Comments
コメントお待ちしております^^

[02/28 山牛蒡セロリ]
[02/24 サンフラン]
[02/22 DK]
[02/21 sakura ]
[02/15 temujin]
忍者ブログ [PR]